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走馬燈のように。。。次々と〜 [雑感]

3月8日(水)   子供の頃両親が居なくても家には祖父母がいた。
     客の接待をしたり、馬の飼い葉を切ったり〜世話をしたり
     それぞれの仕事の担当があったのですね〜時間がくれば
     祖母は家の掃除と夕食の仕度 そんな姿を見ながら・・・
     幼少児の私、昔の祖母の子供の頃の話等聞くのだが。祖母は
     寺小屋へ・弟妹の子守をしながら勉強に行った話なども興味津々
     そうこうしていると、夕方の家々に灯りが付く頃になると
     家族が戻ってきて賑やかに夕餉を囲む。大家族でした。
     お風呂はお祖父さんが1番に入る。2番目は父。その後は
     手の空いている者から〜順番に。。。最後母は・・・終い湯。
     祖父は新聞や本を読むことが好きで。講談〜などの面白い話も
     してくれたし。歴史も!・・・何でもお祖父さんに聞く習慣があった
     日露戦争に行った時の話なども〜〜〜。
     戦地にいるとき、私の父の兄、祖父の長男が幼少時、病気で
        急死したときは哀しくて、心倒れて。尋常ではなく(泣)
     上官が心配してしっかりしろと励ましてくれた話など・・・
     また、小学校の時〜先生が算数の答えを間違えたので少学生だった
     祖父が違うと言うと先生は間違いを正さず返って怒り!叩かれた!
     ことなど話してくれたり。。。その時は悔しい思いをしたって!。
        明治9年生まれの祖父は勉強が出来たようです。
        思い出は尽きませんね〜。幸せでした。
     私が北海道に来ることを許してくれたのが祖父でした。
     北海道のことをあれこれ話題を聞かせてくれた祖父。。。なのに〜
     他界した事実を知らなかった。知らされなかったのかも???
     嫁いで二年目の夏〜小麦の刈り入れ時の忙しい昭和38年8月9日
     の事・ 後で解った! その時のことを私は今でも忘れていない!

     多分みんなで決めたことだと思います。農繁期の真っ只中。。。
     函館に出て連絡船に乗り青森から上野まで。上野から大宮まで。
     一年半に成る子供{長男)を連れて帰郷させる方も大変だったので
     しょう  道中〜心配だったのでしょう・・・
     主人の手を外す訳にも行かず。私の知らないところでどんな
     話し合いがあったのか知る由もなく。私は知らぬが仏で〜時を経て
     知る事になる。色々な事がありました~「ふう〜(ため息〜)」

     昭和38年夏の出来事を振り返る私の 思い出〜(独り言)[手(パー)][手(パー)][手(パー)]



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